土江寛裕氏のwiki・プロフィール、指導力の源は。世界的指導者への期待膨らむ

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日本学生対校選手権第2日目(9日、福井県営陸上競技場)

桐生祥秀(21)選手【東洋大】が9秒98のタイムを叩きだした。

男子100メートル決勝で追い風1・8メートルの条件下、日本選手で初めて10秒の壁を突破する9秒98を記録。高校三年生時の自己ベストを越えれず苦しんだ4年間。大学最終年、大学陸上では引退も迫った秋口の同大会で結果を出した。

会見で桐生選手の口をついて出てきたのは「怒ってくれる存在」と語った土江寛裕コーチへの感謝の言葉だった。

土井寛裕コーチの世界的指導者への期待が膨らむ。

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【桐生選手】怒ってくれる人がいなかった

レース後の会見で桐生選手は

・高校三年生で10秒01を出してから、中々周りに起こってくれる人がいなかった

とし、又

・その中でも酒井監督や土江コーチが怒ってくれたおかげで記録を達成できたと思うと語り、会見で隣に座っていた土井コーチは涙ぐんでいた。

高校生で10秒01を叩きだした桐生選手は、高校三年時の記録としては日本人の陸上史の中で最速。東洋大学に入学した時点ではもちろん、土江コーチよりアスリートしては上。

もしかしたら、この4年間。桐生選手よりも土江コーチの方が悩み抜いた日々だったのではないだろうか。

なにせ、桐生選手が9秒台を達成できず大学を卒業してしまったならば「戦犯」として吊し上げられるのは「本人よりも指導者」だったりもする。

そんな中、「怒ってくれる人」になり、成功に導いた土江コーチの経歴は?

土江寛裕氏のプロフィール

名前:土江寛裕(つちえひろやす)

生年月日:1974年6月14日

出身地:島根県平田市(現出雲市)

身長:171㎝

体重:65キロ

出身高校:島根県立出雲高校出身

出身大学:早稲田大学大学院博士課程修了

父:土江良吉(元200メートル日本王者)

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土江寛裕氏の競技経歴

土江寛裕氏の自己ベストタイム

・100メートル走  10秒21(追い風1.0メートル)2004年6月6日・鳥取

・200メートル走  20秒86(追い風0.7メートル)2003年9月27日・岡山

           〃 (風速0.0メートル)2003年8月3日・富士吉田

171㎝の体で100メートルを10秒21の自己ベストを叩きだしている。これはかなり難しい。タイムだけ見ると特段目を引く数字ではないが、土江氏のポテンシャルが窺い知れる記録だ。

土江寛裕氏の大会入賞歴

大会 場所 種目 結果 記録 備考
1995 ユニバーシアード 福岡 4x100mR 6位 40秒37 (1走)  
1996 オリンピック アトランタ 100m 1次予選 10秒58 (-0.8) 5組5着
4x100mR 予選 DQ (1走)  
1997 世界選手権 アテネ 100m 2次予選 10秒38 (+1.3) 1組7着
4x100mR 準決勝 38秒31 (3走) アジア記録、2組5着
1998 アジア選手権 福岡 100m 3位 10秒44 (-0.6)  
4x100mR 2位 39秒30 (3走)  
1998 アジア大会 バンコク 200m 8位 21秒31 (-0.4)  
4x100mR 優勝 38秒91 (3走) 大会記録
2001 世界選手権 エドモントン 100m 1次予選 10秒54 (0.0) 10組4着
2002 アジア選手権 コロンボ 100m 4位 10秒62 (-3.1)  
4x100mR 4位 39秒41 (4走)  
2002 アジア大会 釜山 4x100mR 2位 38秒90 (3走)  
2003 世界選手権 パリ 4x100mR 6位 39秒05 (1走)  
2004 オリンピック アテネ 100m 1次予選 10秒37 (+0.1) 5組5着
4x100mR 4位 38秒49 (1走)

出典:wikipedia

筆者、薄学にして存じておりませんでしたが、土江寛裕氏は世界選手権、オリンピックにも出場したトップアスリートで、世界のレースでの入賞歴も多数。

土江寛裕氏の指導経歴

・2007年城西大学陸上部で指導

・2014年より東洋大学陸上部で指導

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土江寛裕氏の指導力の源は

・どんな競技においても生まれ持った「身体的特徴」としては「体が大きい」に越した事は無い。間違いなく有利

・その上で「運動能力」がどれほどなのかが問われる。速く動ければ動ける程有利。

・そして最後に「運動神経」体をどう動かすのかといったセンスと言えば良いだろうか。

前者は基本的にDNAの問題であり、基本的には変えられない。後者二つはそれこそトレーニングで培っていくもの(まあ・・本当はこちらもある程度の「素質」は必要なのだが・・・)

土江寛裕氏の身長は前述もしているが171㎝。そして高校時代は目立った成績を目にしない。大学入学後の活躍が目立つ。と、いう事は。

どの能力も生まれながらに手にしていたわけでは無い(勿論、市内だとか、県内では「速い方」ではあったと思う)そんな中、日本のトップに踊る出るまでは「考えに考え抜いた」はず。そうでなければこの道程は辿れない。

その「自負」があるからこそ、現時点でアスリートとしての記録が上の桐生選手にも、厳しく接する事ができたのだろう。どのスポーツでもそうだが、ドラフト一位だったり、鳴り物入りで入団した選手が必ずしもトップで活躍できる程、競技の世界は甘くないのだ。

「名選手、名監督にあらず」とはよく言ったものだが、今回の土江コーチはそれには当てはまらない様だ。

私は野球出身なのだが、やはり監督として成功するのは、投手、捕手、内野手なのである。打撃が売りであまり細かい事を考えなくていい、外野出身の「名将」・・少なくても私はまだ見た事がない。

今回の成功例がきっかけで土江寛裕氏は「名将」への切符を手に入れたのは間違いないだろう。

その知識と経験はやはり造詣が深く、2003年の若い時分から、論文や著書もある。

土江寛裕氏の著書

  • 自己分析とトレーニング記録-パフォーマンスに伴う主観的レースパターンおよびトレーニングの変遷(スプリント研究13、2003)
  • オーストラリアにおける組織的選手サポートについて(陸上競技研究48(1)、2002)
  • 200m競走における10mごとの疾走速度とピッチ、ストライド変化(共著)(陸上競技紀要15、2002)
  • 100m競走の局面わけと各局面でのテクニックの実践例(フーチャーアスレティックス・近未来陸上競技研究所紀要1、2002)
  • 近未来陸上競技研究所ビデオシリーズ短距離編「スプリント基礎ドリル」(ソーケンネットワーク)
  • 近未来陸上競技研究所ビデオシリーズ短距離編「レーステクニック1/2」(ソーケンネットワーク)

陸上界の歴史に残る名将へ

アジア人の短距離。9秒台に突入させた土江寛裕氏にはこの勢いそのまま、日本のみならず、世界の陸上にも名を残すような存在になる期待に胸が膨らむ。

 

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