甲子園開幕!夏の甲子園・好投手、名投手列伝!夏に輝いた投手30傑

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2017年7月17日、東京。気温、35℃。夏、到来である。

高校球児であった筆者。夏=甲子園の脳内構造は歳を重ねても変わらない。

これでもかと照り付ける太陽、白いタオルを頭にかけてから野球帽を被る観客達。

買ってもすぐに溶けるかき氷。昨日の事のように思い出す。

モノを書くという仕事をしている今、改めて「夏の甲子園」を紡いでみようと思った。

今回は球場の中で一番熱い場所。マウンドで投げる度に汗を飛び散らせながら輝いた

【好投手】達を振り返ってみた。

筆者が顔さえ分からない選手を入れるのは失礼に当たると思い、「戦後の夏の甲子園」とさせて頂いた。

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夏の甲子園で輝いた好投手

0人目 寺本四朗 (明徳義塾)

出典:乾坤一擲

いきなりで、「出オチ」のようで申し訳ないのですが・・

本来であれば長い甲子園の歴史の好投手30傑には入らないのかもしれない。はっきり言って筆者の思い入れが強いだけである。(寺本君すみませんm(__)m)

しかし入れない訳には行かないのだ。松阪投手、寺本投手は筆者の2つ下の後輩にあたる。

高校の3年生と1年生。俗に神様と奴隷と言われる関係性である。

当時、野球部だった筆者もそれが当たり前で、先輩の一挙手一頭足には注目するし、一言一句に心を動かすもおおい。しかし、後輩をそのような目で見たことはなかった。この試合までは・・

出典:youtube

私は甲子園に出場できず卒業後、夏の甲子園や地元の地方予選を、なんだか悔しい想いが湧いてきて直視できないでいた。

「横浜対PL」が超注目対決で、皆がテレビにかじりつく様にして見ているのを苦々しく横目で見ながら海に出かけた。

その翌日の事。野球をとにかく避けていた私ですが・・・。

今思えば前日の激闘で、鍛え抜かれている横浜ナインでも立っているのがやっとの様な状態なのに、昨日の今日で戦い始める2つも歳が下の彼らを尊敬の意を込めて見てたかったのだと思う。

激闘の末、劇的な幕切れ。横浜の底力に驚く共に、明徳ナインの崩れ落ちる姿に感動した。

あんな崩れ落ち方、「命を懸ける」位の気持ちで試合に望んでいなかったら・・できない。凄いと思った。

しかも!宿舎に帰って最後の挨拶をしている寺本君の明るさに、また「やられた」。

彼らはやり切ったのだ。日々、限界まで目標に向かって研鑽を積んだから「悔い」などないのだ。

これがあの「五連続敬遠」の明徳だったのも衝撃で・・。

私はブラウン管の中ではあったが、彼らの戦いを見ていなければ、今現在の私の後輩との接し方や、いい部分の人生観が少し欠けている大人になっていたかもしれない。

そんな人生に影響を与えてくれた寺本君なので0人目に挙げさせて頂いた。

筆者にとってのベスト投手は寺本君ですが、これから紹介する投手の中にも、皆さんが感動を受け取った投手がいるはず!?

夏の大会前に少しノスタルジックを味わっておくのも「おつ」なのではないだろうか。

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1人目 江川 卓 (作新学院)

出典:ADAVANK

地方予選、2度の完全時代、9度のノーヒットノーランの記録を引っ提げ、甲子園に乗り込んだ元祖・怪物。

甲子園でも通算成績・6試合投球回59回1/3、奪三振92(1試合平均15.3)自責点3、防御率0.46。

ファールチップをしただけで、大きなどよめきになる程の圧巻の投球。甲子園最高の投手との声は断トツ。

現在は野球解説者として活躍。

皆さんも目にすることが多いであろう。

出典:youtube

2人目 松坂大輔 (横浜高校)

出典:NAVERまとめ

ご存知【平成の怪物】。

春夏連覇の横浜高校のマウンドをほぼ1人で守り抜いたまさしくエース。

最後の夏。準々決勝の伝説のPL学園との死闘、準決勝の明徳義塾戦は松坂が登板してからの終盤に流れが変わって大逆転、そしてなんと決勝戦でノーヒットノーランを達成。

平成の怪物に相応しい大車輪の活躍だった。

現在はソフトバンクで苦しい投球が続いているが、何とか脱してほしいものだ。

出典:youtube

3人目 尾崎行雄 (浪商高校)

出典:http://blog.goo.ne.jp/lefty-yasuo/e/4488758916c717aa13242a739a5d76c4

怪童・尾崎行雄。宿命のライバル・法政二高の柴田勲(後に巨人軍)との対決を制して夏の甲子園大会優勝。

そしてなんと2年生で高校を中退し、プロ入り。翌年20勝をあげ、新人王に。まさしく怪童であった。

 

4人目 桑田真澄 (PL学園)

出典:NAVERまとめ

甲子園でもっとも勝利したのが桑田真澄。

ご存知の通り、KKコンビで甲子園大会に5回出場し、毎大会必ず上位に食い込む。

最後の夏、宇部商との打撃戦を制し、優勝。

その後のドラフトはあまりにも有名だ。

現在は野球解説者として生活している。

最近息子が芸能界で活動している事も話題に。

出典:youtube

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5人目 坂東英二 (徳島商業)

出典:NAVERまとめ

2017年現在も夏の甲子園の奪三振記録は板東英二のものだ。

ほとんどがストレートの配球の真向勝負の切符のいい投球で甲子園に詰めかけた人々を魅了した。

春の四国大会にて準決勝で延長16回、決勝はなんと25回を投げ抜いた。

これがきっかけで延長18回、再試合のルールが制定された。

現役当時から、ビルのオーナーであった事などをTV番組で暴露するなど、現在はタレント活動が中心に。

若者には「ゆでたまご大好きオジサン」として認知されている。

6人目 太田幸司 (三沢高校)

 

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出典:心と神経の哲学

元祖「甲子園のアイドル」

夏の甲子園の決勝としては初の18回延長再試合。松山商業との激闘は今も語り継がれる。

惜しくも優勝を逃すものの、ロシアのクォーターという端正な顔立ちで当時の女性達のハートを鷲掴みにした。

近鉄に入団後1軍でも登板するなど活躍。

現在は野球評論家。

出典:youtube

7人目 王貞治 (早稲田実業)

出典:中日スポーツ

世界のホームラン王は早稲田の2年生時、早稲田実業のエースとして優勝している。

初戦から3連続完封をし、決勝へ。決勝では爪が割れながらも血染めのボールで完投。

翌年も甲子園に出場、ノーヒットノーランも達成している。間違いなく歴代の投手の中でも上位の実力だ。

王さんのその後に関してはわざわざ説明の必要は無いだろう。

出典:youtube 

8人目 田中将大 (駒大苫小牧)

出典:NAVERまとめ

北海道勢初の優勝をもたらした駒大苫小牧のエース。

皆さんご存知、早稲田実業の「ハンカチ王子」斎藤佑樹との投げ合いでは惜しくも敗れるも、公式記録上、田中に「負け」はついておらず。

甲子園では「無敗」である。

2013年のプロ野球公式戦。

24連勝という前人未踏、未来にも出現することが無いであろう記録をつくる資質は甲子園の時代からあったようだ。

現在はニューヨークヤンキースに所属。

出典:youtube

9人目 斎藤佑樹 (早稲田実業)

37年ぶりの決勝再試合を甲子園史上最多の7試合69回を投げぬいた。

決勝での田中将大との投げ合いを制し早稲田実業は初の夏の甲子園の優勝を果たす。

また、ユニフォームのポケットから小さなハンカチをだし、汗を拭い、その端正な顔立ちも手伝い「ハンカチ王子」フィーバーを巻き起こした。

現在、日本ハムファイターズでは苦しい投球が続き2軍暮らしが多い。

巻き返しに期待したい。

出典:youtube

10人目 沢村栄治

出典:LaBOLA

「戦後」とくくった今回だが、やはり沢村栄治は別格とし、紹介。

無名の京都商業を甲子園に導く。甲子園での成績は3勝3敗だが、17歳で高校を中退した後、その年の日米オールスターに先発。

ルーゲ―リックの本塁打1本だけに抑え、「天才沢村」の名を欲しいままにした。

現在も「沢村賞」としてその名は野球界に深く浸透している。

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11人目 池永正明 (下関商業)

出典:中スポ

昭和38年、下関商業のエースとして春優勝、夏準優勝の原動力となった。

度胸満点の投球で「男気のマウンド」と称された。

プロ入り後、いわゆる「黒い霧事件」で球界を追放、真実は未だはっきりとしていないが、2005年、ソフトバンク対広島戦で始球式を務め、球界への復帰を果たしている。

12人目 柴田 勲 (法政二高)

出典:朝日新聞

昭和36年、春夏連覇をした法政二高。最強と言われた同高校を投打ともに引っ張った。

投・打・走・守。すべてにおいて高次元で、プロ入りした後は巨人V9のトップバッターとして活躍。身体能力の高さを証明した。

バッティンググローブが赤だった事から「赤い手袋」の呼称ついた。

13人目 加藤英夫 (中京商業)

出典:つぶやき館

戦後、1時期、停滞していた中京商の強さ。

その中京をもう一度春夏連覇に導き、「中京商復活」のきっかけをつくる。

14人目 水野雄仁 (池田高校)

出典:朝日新

攻めダルマ、蔦監督。

当時としては画期的なウェイトトレーニングを取り入れ、パワー全開で金属バットの特性を生かし打ちまくる「やまびこ打線」を作り出した池田高校のエースが水野雄仁。

打線に目を奪われがちだが、しっかりとマウンドを守り、池田高校に春夏連覇をもたらし、のちに巨人軍でも活躍。

現在は野球評論家。

15人目 小松辰雄 (星稜高校)

出典:無名人名

北陸のスター。当時スピードガンが野球界に導入され、甲子園でも投手のスピードが注目され始めた。

スピードガンの申し子と言われる程の速球で、星稜を初のベスト4に。

後に中日ドラゴンズでも中心投手として活躍。

現在はCBCテレビ、ラジオの解説者

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16人目 愛甲 猛 (横浜高校)

出典:NAVERまとめ

横浜高校を初の優勝に導いた立役者。

素行に問題が多かったとされる。控えの川戸投手とは対照的だからこそ2投手での系統が成り立っていたのだろう。

後にロッテに入団、最近では球界の暴露本なども出している。

17人目 酒井圭一 (海星高校)

出典:47news

1976年の夏の甲子園、海星を甲子園4強に導いた右腕。数々の偉業を成し遂げ、その名を全国にとどろかせた。

「怪物サッシー」。

当時の野球ファンの脳裏に、深く刻まれている愛称である。

18人目 荒木大輔 (早稲田実業)

出典:朝日新聞

エースの代役として東東京予選を投げ、勢いそのままに甲子園へ。

なんと4完封の大活躍でいきなり準優勝。そのご5期連続で甲子園出場を果たし、端正なルックスでも人気に。

「大ちゃんフィーバー」は社会現象にもなった。

現在は野球評論家。

19人目 藤浪 晋太郎 (大阪桐蔭高校)

出典:NAVERまとめ

現在の高校野球、最強を誇る大阪桐蔭高校を春夏連覇に導いた絶対的エース。

150キロを超えるストレートとキレ味抜群のスライダーを武器に、準決勝、決勝を完封する。

現在も阪神タイガースで活躍、侍ジャパンの常連でもある。

2016年にはストレートも160キロをこえ、ライバルの大谷に肉薄してきた。

20人目 津田恒美 (南陽工業)

出典:NAVERまとめ

「弱気は最大の敵」の名言を残した「炎のストッパー」

山口、南陽工のエースとして昭和53年、春夏に甲子園に連続出場、無名の南陽工を選抜ではベスト8に導いている。

広島カープへ入団後、抑えのエースとして活躍する。

1990年脳腫瘍が見つかり、1993年7月20日、32歳の短い人生の幕を閉じた。

広島市民球場には「津田プレート」があった。

出典:hirosimaconcierge

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21人目 坂本佳一 (愛知東邦高校)

出典:バーチャル高校野球

愛知東邦高校の1年投手にして、昭和52年夏の甲子園の準優勝投手。

実力もさることながら、長身なのに幼い顔立ち。

耳が大きく前を向いている事から「バンビ」の愛称がつき、甲子園のアイドルとして一世を風靡した。

 

 22人目 石井 毅 (簑島高校)

出典:人生はタイガースと特撮だ

名将・尾藤監督率いる簑島高校のアンダースローのエース。

小柄ながらアンダースローの特性を生かした小気味いいピッチングで簑島高校を春夏連覇に導いた。

甲子園通算成績も14勝1敗の好記録。

23人目 島袋洋奨 (興南高校)

出典:FORZA STYLE

沖縄県勢初の春夏連覇を成し遂げた興南高校のエース。

あの野茂英雄を思わせるトルネード投法。しかも左腕と来ている。春夏で積み上げた奪三振数102個は左腕としては最高記録。

現在はソフトバンクホークスに在籍。

24人目 ダルビッシュ有 (東北高校)

出典:河北新報

24人目の登場になってしまったが。ダルビッシュ有投手。

当時から能力は抜群だったが、その190センチ超という成長に体がついてこず、度々登板を回避するなどあった。

夏準優勝にはダルビッシュだけでなく「マカベッシュ」とも言われた2番手投手の大車輪の活躍もあった。

現在はテキサスレンジャーズに所属。

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25人目 比嘉公也 (沖縄尚学)

出典:高校野球.com

沖縄尚学のエースとして選抜高校野球大会優勝。翌年夏も甲子園に出場。力投を見せた。

特筆すべきは、大学卒業後、母校沖縄尚学のコーチに就任。2006年には同校の監督となり、

なんと2008年、27歳の若さで監督として選抜高校野球大会優勝。

選手・監督の両方で選抜優勝を経験した。

26人目尾崎将司 (徳島海南)

出典:NAVERまとめ

プロゴルファーとして成功した尾崎将司だが、昭和39年の春の優勝投手である。

徳島海南を初出場初優勝に導いた。

27人目 大越基 (仙台育英高校)

出典:withnews

平成元年の夏の甲子園決勝。帝京高校の吉岡雄二との投げ合いは延長戦の末、0-2で帝京高校が勝利。

優勝旗の「白河越え」がすぐそこまで見えた1戦であり、2017年現在に至るまで東北勢の優勝はまだ無い。

ダイエーホークスに入団、主に代打や守備固めで活躍。

その後は教員免許を活かし、山口県早鞆高校に赴任、監督に就任。

2012年の春の選抜に出場している。

29人目吉岡雄二 (帝京高校)

平成元年対決、帝京高校のエース。

5試合に先発し3完封。41回を投げて1失点の快投であった。

プロ入りし、巨人などで活躍、現在は「とんねるずのスポーツ王は俺だ!!」の帝京チームの一員としてよく見かける。

皆さんの思い出の投手に思いを馳せながら、今年の高校野球を観戦してみては?

 

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