自民党大勝も世間の見方は厳しい。本当に大勝といえるのか?

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「安倍一強政治」を倒そうと野党が意気込んでいたが勝手に自滅し、自民・公明の与党が絶対安定多数の261議席以上を達成し、圧勝となった今回の選挙。

数字も絡め、「本当の民意」の結果だったか考えてみたい。

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自民党の結党以来の結果

        年代  票   人口   人数(千) 投票率
自民党 第28回(昭和33年) 22,976,846  91,767       57.8
社会党 第28回(昭和33年) 13,093,993    33
自民党 第29回(昭和35年) 22,740,271  93,419       57.56
社会党 第29回(昭和35年) 10,887,134    27.56
自民党 第30回(昭和38年) 22,423,915  96,156      54.67
社会党 第30回(昭和38年) 11,906,766    29.03
自民党 第31回(昭和42年) 22,447,838  100,196    48.8
社会党 第31回(昭和42年) 12,826,103    27.88
自民党 第32回(昭和44年) 22,381,570  102,536    47.63
社会党 第32回(昭和44年) 10,074,100    21.44
自民党 第33回(昭和47年) 24,563,199  107,595     46.85
社会党 第33回(昭和47年) 11,478,742     21.9
自民党 第34回(昭和51年) 23,653,626  113,094     41.78
社会党 第34回(昭和51年) 11,713,008     20.69
自民党 第35回(昭和54年) 24,084,130  116,155     44.59
社会党 第35回(昭和54年) 10,643,450     19.71
自民党 第36回(昭和55年) 28,262,441  117,060     47.88
社会党 第36回(昭和55年) 11,400,747     19.31
自民党 第37回(昭和58年) 25,982,785  119,536     45.76
社会党 第37回(昭和58年) 11,065,082     19.49
自民党 第38回(昭和61年) 29,875,501  121,672      49.42
社会党 第38回(昭和61年) 10,412,584     17.23 
自民党 第39回(平成2年)   30,315,417   123,611      46.11
社会党 第39回(平成2年)   16,025,472     24.39
自民党 第40回(平成5年)   22,999,646  125,570     36.66
社会党 第40回(平成5年)   9,687,588     15.42
自民党 第43回(平成15年) 26,089,326
民主党 第43回(平成15年) 21,814,154
自民党 第45回(平成21年) 27,301,982
民主党 第45回(平成21年) 33,475,334
自民党 第46回(平成24年) 25,643,309  127.515    43.02
民主党 第46回(平成24年) 13,598,773         22.81%
自民党 第47回(平成26年) 25,461,448
民主党 第47回(平成26年) 11,916,849

自民党 第48回(平成29年) 2,586,424票

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中選挙区時代から小選挙区に

実は小選挙区制度導入とは当時、田中角栄さんが提唱しました。それから数十年経過し現在に至りますが、このデーターから自民党と当時の社会党を比べると着実に国民の支持を、人口の増加とともに増えていった事が解ります。色々問題はあったにせよ、大多数の国民が自民党を支持していた事が解ります。

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しかし転機は一体どこかというと、第40回(平成5年)宮沢内閣ここまでが中選挙区になりますがその選良の数は223人です。この時何が起きたか。自由民主党・経世会の金丸信会長が、佐川急便(京都市南区)側から5億円のヤミ献金を受領したとし、1992年10月に衆議院議員辞職に追い込まれた汚職事件がありました。金庫の中には大量の札束が入っており、田中角栄から続く金権政治の実態が浮き彫りになり自民党の不信感。あるいはこの事件は罰金20万円の略式命令を受けた。逮捕もなく事情聴取すらせず、国民はこの結果に不快な思いをしたのも事実です。

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これに対して小選挙区制度という選挙制度を導入したのも、これ以降の政治経過であります。国民は長くから自民党を大多数の人が支持してきた事は事実でしたが、自民党から国民から背を向けられた瞬間だったと思います。しかしよく投票数をみて頂きたいのです。

現在自民党の獲得投票数は、2500万程度でこれは安倍政権になってから実はあまり変わっていないのです。実は戦後、投票数をもっとも獲得したのは民主党政権でその次が小泉政権(第45回 衆議院選挙 32,518,389票)、次に中曽根政権だったという事です。

話を戻せば2500万では本来は、第37回衆議院選挙が一番近いのですがこの当時はもっと人口が少ない。従ってもっと議員の数は少なくても不思議ではありません。丁度宮沢政権とその間が本来の選良数だと私は思います。人口減少は最近起きた現象で1/6も減少はしていません。それなのに得票数がこれ程減少している事を、自民党員はどう考えているのだろうか。

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投票率と無党派層

今回の選挙は前回より増えてはいますが、安倍政権になってから戦後最悪の数字とその2位を独占している状況です。09年民主党が政権を取った年には7割近い人が選挙に投票しましたが、今回は53%前後と二人に一人しか選挙に行ってない事になります。これが本当に近代国家の選挙なんだろうか?と疑いたくなります。しかも今回は、18歳以上の投票が可能になりました。確かに自民党の票も微増はしてますが、有権者が242万7千人増えています。これは当たり前の事ではないでしょうか。

無党派の16%程度は実は自民党の支持として投票していると世論調査でなってますが、だとするともっと票は伸びていい筈です。民主党政権時が一番顕著で、無党派層が出てくる事で、本来の政権が国民に支持されているかどうかだと思います。

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自民党は理念の違いについて野党を批判してましたが、例えば公明党はどうだったんでしょうか?1970年代には社会党と日本共産党のように政策協定はないにしろ、日米地位協定については社会党と日本共産党に似ている政策をしています。それがなぜ連立できるのか?

そもそも山口代表が言う積極的平和とは具体的には、軍隊の派兵ではないでしょうか?綱領として兵を外に派兵する日本で言えば、自衛官をより危険な所に出兵させるというのは、公明党が掲げていた理念はどうなるんでしょうか。

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自民党は社会党とも連立した事があります。当時は村山富一が社会党の党首で、社会党は自衛隊は違憲であるという立場でしたが、政権についた途端合憲となりましたがもし違憲という立場を固執した場合自民党は、自衛隊を解消する方向性だったのでしょうか?

時間がそれを許すという話なら、野党も同じ根拠で許される事になるんでしょうか。結果社会党は現在の社民党のように衰退し、自民党も票は全体としては極めて減少している事を指摘出来ます。民主党政権に政権を取られた時より票を減らして、本当に民心の心をつかんだと言えるのでしょうか?小選挙区制度の在り方にもっと関心をもつべきではないでしょうか?

 

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