不倫で世間に頭を下げる必要は無い。世間が不倫を攻め立てる必要も無い。自分の庭で結果を出そう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

2016年冒頭のベッキーさんと川谷さんの不倫報道から早1年半。

2017年も数々の不倫や浮気報道が報じられている。

そしてその度、まるで刑事事件の「加害者」の様に吊し上げられる当事者達。

それを我が物顔で糾弾する記者達。

何故そんなに記者や世間に対し謝るのか?何故そんなに不倫した者を糾弾するのか?

筆者は想う。両者共に

「関係ないじゃん」

スポンサードリンク

昔は芸の肥やし、今は・・?

一昔前、人気俳優や、人気音楽家、それこそ言ってしまえば、大物政治家だって。

女性にもてるのは、その人に魅力があるから。魅力がなければ大勢の人々に支持され人気を博す事はない。

だから「浮気は芸の肥やし」

これがいいか悪いか。それは人々一人一人違うだろう。しかし世界には一夫多妻制の国だってある。それを「原始的」で文化が発展していないからだとか「倫理的に間違っている」とか。

そういう問題ではないだろう。日本にだって「大奥」があったではないか。上記の様に否定するのであれば、日本人として自分のルーツも否定する事になる。

もちろん法治国家である日本。法で定められた事は守らねばならない。一夫多妻制や大奥を現代に持ち込めというのでもない。

しかし、今の「コンプライアンス」縛りで「何でもかんでもダメ」の世の中は、あまりにも色々な可能性を潰しているとしか思えない・・

浮気、不倫で世間に謝る必要は無い。

何故、浮気した時に、まず世間やマスコミに対して謝るの?

はっきり言えば、「関係ない」ではないか。特に芸能人の場合、マスコミに謝る必要など、「特に」無いのでは?

マスコミは芸能人や有名人が光り輝いたり、人前で大きな失敗をしたりする事を記事にしたり映像にしたりして、それを「糧に」しているのだ。逆も考えられるが

・「有名人あってのマスコミ」

・「マスコミあっての有名人」

なのか。答えは前者に決まっている。

もちろん、現代の芸能界を取り巻く環境を現実的にとらえれば「持ちつ持たれつ」なのは明白。

昭和から平成にかけて「煌びやかな」芸能の形は、ラジオ、テレビ、ビデオデッキ、そしてインターネットがなければここまでの発展はなかったのは間違いない。

しかし、根本的な所を考えると、現代の様に報道する手法がない時代から「芸能」は存在している。規模の問題はあるが、人が出来ない事を研鑽し、披露し、そこに感動が生まれれば自然とそこに人の輪が出来る。これが芸能の原点。先にマスコミが、これはいい!!と言ったって、人の心を動かすことが出来なければ成立しない。

だから極論だが芸能人はマスコミに頭を下げる必要は無いだろう。身内と、相手の家族、それに直接かかわった人間に責任を取ればいいのだ。

スポンサードリンク

政治家の浮気・不倫。「説明責任」はあるも、辞任の必要は無いと

政治家の浮気、不倫についてだが・・、国民の税金で飯を食っているから説明責任は必要なのかもしれない。が、「浮気・離婚=辞職」ではなくても良いだろう。

そもそも政治とは「祭り事」であり、大衆をまとめ上げようと立候補している時点で「目立ちたがり屋」であるの「も」本質の1つだろう。だから筆者は「ほぼ」芸能人だと思ってい見ている。それに、民衆の旗振り役である政治家も求心力がある人間がやってくれた方が、日々期待感をもって過ごせるのだし「モテる」人間が政治家になるのは良い事でもあるだろう。

そして政治家は最終的に、村民、町民、市民、県民、国民に有益になるように、旗を振ってくれればいいのだ。極論だが、「産業や農業でその地域が非常にうるおい、毎年1人一人に1000万円のボーナスが出る地域」にすればその地域の人々は政治家の不倫、浮気には目を瞑るだろう。もしかしたらそれこそ「浮気は政治の肥やし」とまで言い出すかもしれない。

スポンサードリンク

また、自分がやれるかといったら「やらない」もしくは「やれない」のだから、基本的に政治家には「ありがとう」の気持ちは持っていなければならない。とも思っている。

「税金を払っているから」という理由で不倫や浮気を物凄い勢いで糾弾をしている人を見ていると「じゃああんた、やって見れば?」と思ってしまう。

※「政治と金」に関してはまた別

 

インターネットと匿名性。そして日本の・・

ラジオ、テレビ、昭和は二大機器を生み出し、報道や芸能界は急激に発展、進化していった。

テレビの普及によりドラマ、映画が発展。さらにビデオデッキの出現によりさらにその流れが加速。次々とスターが生み出されていった。しかしここまで発展しても、芸能界や世間の風潮としては「浮気は芸の肥やし」「浮気は男の甲斐性」が根強く残っていた。

そこから平成に入るとインターネットが登場するのである。

このインターネットの存在と「匿名性」が今の事態を招いている元凶だ。

携帯電話やSNSの発展も手伝っているのはもちろんなのだが、やはりインターネットの出現がすべて。パソコンを始めとする受信機器さえあれば、常時世界と繋がる事ができる。携帯電話の「電波」のみなら、出来る事は「通話まで」

SNSはSNSと名前がついているが言ってみれば「2チャンネル」の進化版だろう。元はインターネットだ

そしてインターネットの匿名性。最近はサイバー警察も形になって来て、ネット上の脅迫などでも検挙に到る事があるが、未だ無法地帯である事は間違いない。

これが一番の問題だ。無責任な情報を簡単に誰でも発信できる事により、「事実では無い事が簡単に事実の様に広まっていく」そしてそれが「真実」になってしまう・・。

これに対して及び腰になってしまった。事実と異なる事を言われているのであらば「違う」と言い切ればいいだけだと思うが、「もし自分が当事者だったら」と考えたら、力強くそれを出来る自信がある人は少数だろう。芸能人とて人間。この割合は一般人と変わらないだろう。

そうなると自分を守る為、無難な方法をとる者が増加。それが積み重なって現在の形に収まっているのだと思われる。

あともう一つ

スポンサードリンク

日本人の特徴

日本人なら誰しも解っているとは思うが。

外国人が日本人を評する時によく使われるの(使われていた)が「猿まね」だ。

昭和生まれの人達はあまり良くない意味で「猿まね」はよく耳にしたはずだ。

そう、日本人は人の真似をするのが得意・・というか逸脱する事を恐れる。「マイノリティーは悪」なのだ。

その国民性も相まって、何でもかんでも「謝罪」の流れになっているのだ。

誰か一人「あんたらには関係ない」とぶちかましてくれまいか

そりゃ自分の周りには「説明責任」あると思いますよ。当事者同士が話せばいい。

だが、現在の「不倫したらとにかく謝罪。とにかく糾弾。」

もう皆さん、うんざりではないだろうか。

こうなってくると「真似」をする特性を活かしこの状況を変えていくしかない?

「浮気したけど、何であんたらに謝らなきゃいけないの?」

これです。誰かスパッと言えば良いんですよ。だってそうだもの。なんで謝んなきゃいけないの?

先日ビンタ騒動があった日野皓正さんの会見がまさしくそうではないか(当事者同士が納得しているいい例として)報道陣にも「あんたらがこうやって日本のいい文化をダメにしている」とバッサリ

賛否あったが、その会見以降、あの騒動がそれ以上炎上などする事はなかった。

そしてこれを皆で真似していけばいいのだ。「糾弾する方が悪」の様にならないものか・・。

しかし浮気は誰が・・なんか松本さん(ダウンタウン)しか思い浮かばないな・・

浮気しなきゃいけないですが、松本さんにお願いしたい。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でニュースジャパン24をフォローしよう!

スポンサードリンク

SNSでもご購読できます。

コメント

コメントを残す

*