コンピューターカーは、未来のオモチャだった。東京オリンピック開催記念・昭和の思い出シリーズ

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コンピューターカーは、(株)バンダイが1970年頃に発売した自動車玩具。

当時のコンピューターカーは、今もネットオークションに出品されていますし、動画サイトでも確認できます。

当時の興奮が蘇ってきます!

コンピューターカーは、未来のオモチャだった

コンピューターカーは、(株)バンダイが1970年頃に発売した自動車玩具。単3乾電池2本で走るのですが、前進後進、左右への方向切り替え、一時停止などを自分で指定したプログラムカードを車体後方ににセットすると、走りながら読みこんで、自動走行するということが、当時は画期的でした。

【有線ラジコン】

出典:ラジコンカーとトランシーバー

 

赤色のシボレーアストロベッティ、白色のフォードマークⅣ、黄色のクライスラーチャジャー、青色のビュイックセンチュリーの4種類が発売されていました。それぞれに、見本走行のプログラムカードと自分で車の走行を指示できるプログラムカード、6本のポールが付属されていました。

コンピューターカーのテレビCMが秀逸で・・

コンピューターカーはテレビCMがカッコ良くて、衝撃的でした。1970年当時、車のオモチャといえば、1メートルほどの有線ケーブルで繋がった車をハンドルのついたコントローラーで運転するオモチャがあったぐらいで、ラジコンは大人のホビーで、当時の金額で何万円もしていたのです。

で、友人の家で、コンピューターカーが、プログラムカードで走っているのを見ましたが、CMほど感動しませんでした。このオモチャって、自分でプログラムカードに走行指示しているからこそ面白いんだって気づいたのでした。

SFメカも発売した後、消えていきましたが

当時、SF映画やマンガでは、コンピューターが人類を支配したり、滅ぼしたりするとか、コンピューターは絶対間違わないというイメージがあって、コンピューターカーというネーミングは、実に未来的なイメージがありました。

プログラムカードを読みこむというシステムが、子どもの頃は未来的に思えましたが、このシステム自体は1900年代から織物の模様を編み込むために採用されていましたし、また、オルゴールの自動演奏などにも採用されていて、その応用がコンピューターカーのシステムだったのです。

アメリカの大手玩具メーカーのハズプロ「Amaze-A-Matics Car」

出典:youtube

1970年の日本でコンピューターカーが発売されたのと同時期、アメリカの大手玩具メーカーのハズプロで全く同じ車種で「Amaze-A-Matics Car」が発売されました。パッケージのイメージもほぼ同じで、違いは、ポールの数がハズプロでは4本。日本が6本なのに比べると少ないですが、その4本は日本のポールよりも一回り大きいです。現在、当時のコンピューターカーは、今もネットオークションに出品されていますし、動画サイトでも確認できます。

今思い出しても当時の興奮が蘇ってきます!

 

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